2013年7月10日水曜日

TdF'13: 100%


2009年の頃のガーミンボトルです。
選手達の名前とサインが記されています。ウィゴやペイトさん、引退してグリーンエッジのDSになったウィルソンさん&ディーンさん、今は解説者のバクステッドさん、各地のプロ&プロコンチに行った若い選手達の懐かしい名前があるので拡大して見てみて下さい。

なんで今このボトルの話なのか。
第8ステージ後に起こったフルームの登坂記録に対する様々な議論を目にしていて、自分が2009年にこのボトルを見た時に感じた気持ちを思い出したからです。
少しばかり個人的な回想録にお付き合いください。

私は2008年からまともにロードレースの観戦をはじめたのですが、ただ何も知らず無邪気に観戦していられたのはたった3ヶ月程でした。それはドーピングに関する不可思議な事や、無名の選手よりもチャンピオンが勝つことを望む多くのファンの反応とか色んな事が原因だったと思います。
(2008年ジロでのチマコッピにおける、シモーニさんとチョップの事が原因だったかも)

このボトルは商魂たくましい事で有名な公式ショップでファングッズの買い物をした時に、緩衝剤代わりに何個か箱に入ってた物です。当時は配送がFedexのみで、送料がアホみたいに高かったのでオマケにボトルもらえたのはちょっとした喜びでした。
ただ、このボトルの裏面のキャッチフレーズを見た瞬間、言い様の無い不安を覚えたのです。

「100%クリーン」

そんな事を保証できるのか?って。
チームがそれを掲げていても、選手全員がそれを守れるシステムがあるのかって。
100%の保証ってすごいリスクだと思うのです。別にドーピングの話だけじゃなく、世間一般の色々な事でもそうですが。

もしかしてチームに隠れて誰かが違反をするかも知れない。
アンチドーピングって言いながら、それは隠れ蓑かもしれない。
彼らが「100%クリーン」を保証する根拠は何だろう?
そこまで言い切ってしまうには、何か特別で強い動機が要るはずだと。
それをずっと考えていました。

そして2010年、自分でも訳のわからない不安を加速させる出来事が起こりました。
現在グリーン・エッジの監督マット・ホワイトがトレント・ロウをデルモラル医師の元へ連れて行った一件で解雇された事件。そしてランディスの告発でザブも名指しされた事。
なんとなく英語圏のメディアで目にしていたUSポスタルの疑惑記事。ガーミンにJV監督はじめステファン医師など、どちらかというと元ポスタルの「システムのはみ出し者」である選手やスタッフが集まっていた事。映画「ブラッド・スウェット+ギアーズ」で感じられる、ポスタルのイメージとは真逆と言えるポリシー。色々な事が「USポスタルには何かある」というひとつの仮定に結びついたのです。失うものが無かったランディスに名指しされたザブはともかく、当時の私にはヴァンデヴェルデのドーピングについて判断が付きませんでした。ダニエルソンは言わずもがな。

ただ、「100%クリーン」の根拠については何となく理解出来た気がしたのです。
彼らが100%を保証するのは、「過去」についてであるという事。
過去に対して「(今は)100%クリーン」であると。

-------------------------------------------

じゃあ現在から未来に対しては?
USADA事件が世間を揺るがした後であっても、未だに答えが出ない問題だったりします。90年代に広まったEPOや血液ドーピングはという手法は下火になりつつあるのは確かでしょう。
(検知されない少量の血液ドーピングは一部で行われているのでは無いかとの説もありますが)

一方で「現在アンチドーピング・ポリシー掲げているチームはクリーンです!絶対大丈夫!!」
っていうのも難しい。もちろんチームがドーピングをさせない事、選手を変な医師やトレーナーから守る事は本当に大事。でも、ドーピング事例が少ないフィギュアスケートでさえ、「うっかり違反」が起きている。違反が起きないって事は、絶対に有り得ない事だからです。
だから「ゼロトレランス」が少し怖い。何かの間違いで起こった時どうするんだろうって。

それに、かつてEPOが検出されない時期があった様に、今は違反じゃなくても数十年後には違反とされる薬物や療法があるのかも知れない。私が悲観的なだけとも言えますが。
疑いだせばキリがなく、一部の選手が驚異的なパフォーマンスを出せば疑いのを目を持って見られる。フルームの登坂記録がアームストロング時代と比較れ議論になったのは起こるべくして起こったという印象です。かつて1999年ツールでもあったでしょうし、昔から何度もあった事なのかも。今回のツールにおけるメディアの過剰反応については、そういう印象を受けました。

例えば、1991年~2004年の期間では優勝者の平均速度は77~90年の速度より大幅に(8%)増加し、この増加は機材や栄養、トレーニングなどの改良では説明がつかない上昇率だったそうです。私にはスポーツ科学の知識が無く、人間が薬物の助けなしにどれだけのパフォーマンスが出せるものかわかりません。例えばフルームやコンタだけが傑出している、という言葉で納得するべきものなのかもわからない。正しいレース戦略、最新のスポーツ科学と機材、栄養とトレーニングがあればアームストロングの時代と同じ速さで走ることも可能なのかも知れない。

わからないけど、「ぼくは今日勝ち取ったリザルトが10年、20年先も剥奪されないことを確かに知っている」とフルームが言うように、今後も正当なリザルトとして残るものなのでしょう。
どうせなら、100周年記念だし次の100年先も剥奪されないって言えれば良かったんでしょうが、さすがに100年先はもっと科学技術が発達してドーピング違反の基準も、ロードレースの本質さえも変わっているかも知れませんしね(笑)

EPOドーピング全盛期に出来た記録が、今後も選手を苦しめる事になるのかも知れません。

-------------------------------------------

ドーピング問題については、様々な考え方があります。
その中で、すごくひっかかったのがユベール・ロング医師の判断基準。
「規定値が定められている薬物ならば、たとえその体内から検出されたとしても、たとえ周囲がどんなに疑おうとも規定値をギリギリ下回っていればクリーン。一方規定値が定められていない場合はどんなにわずかな量でさえその薬物が体内で見つかる事が異常自体。単純なルール」
チクリッシモ2012年No.29 連載「ロードレース界のスペシャリストたち」より
これはアームストロングの件とコンタの汚染牛肉事件についての文脈で言ってた事です。
USADAの報告前なので今は意見が変わっているかも知れませんが、あの事件の例を見ても陽性出してないからってクリーンという訳じゃなかった。逆に元々ヘマトクリット値が高い人も実際にいる。規則は単純なだけど現実は難しい。
規定値が決められている薬物なら、使用しても規定値内ならドーピングには当たらないし、そもそも検出されない薬物なら全くわからない。何がドーピングに抵触するのか、そうじゃないのかという基準でさえわからなくなってくる。しかし、わからないっていう事を把握しているのは大事じゃないかとも思うのです。

現在から未来に対し「100%クリーン」を信じることが出来なくても、99%の信頼と1%の疑問でこのスポーツをファンとしてサポートすることは出来ないでしょうか?
80%の信頼と20%の疑問でも良い。自分の好きな選手と嫌いな選手で、それが揺れ動くのも人間だから仕方がない。でも、平均して疑問よりも信頼のパーセンテージを少しでも多く持てるような環境になれば良いなと思います。

最後にガーミンのアンドリュー・タランスキーが雑誌に寄稿した文章を、私の怪しい英語力で翻訳してみました。彼は記事の中で、幼い頃かつて憧れていたチャンピオンの失墜(名前は出ていませんがアームストロングと予測できます)に触れ、「どうやったら信頼を得られるか答えられない」と語る彼の言葉は率直で、色々な人に読んでもらえたら良いなと思いました。

『僕は貴方に「僕たちはクリーンだ」と言う。しかし貴方はどうすればそれを知るというのか?何度も過去に失望させてきて、どうやって信頼を得るのか?
本当の所、僕は答えられない。僕の声明をサポートする数字がある。それぞれのシーズンに渡る無数の薬物検査、年間を通して血液数値を追跡するバイオロジカルパスポートが。しかし僕はそれが人々の求めているものではないと知っている。貴方は、データの一片やテストでは与える事が出来ない「僕たちを信じる理由」を望んでいる。何かが真実であること、本当であることを疑いの影を超え知る時の感覚を望んでいる。』(中略)
『僕は疑問があることを理解している。そして一晩で変化する事を期待してない。
しかし、僕たちはこれらの疑問に終止符を打つためにここにいる。そして僕たちは出来る限りどんな方法でも偽りなく在るだろう。僕はそういった事が、何を信じていいかわからない貴方のような人々の心を変えるには十分である事を願っている。貴方が僕たちをどう思うか関係なく、ただこのスポーツをあきらめないで欲しい。
僕たちは貴方の信頼を獲得したい。そして、もし貴方が僕たちにチャンスを与えてくれたら、失望させる事はないと僕は確信している。』
Velonews magazine 2012年11月号 "WHAT CAN WE BELIEVE?"アンドリュー・タランスキー


-------------------------------------------


参考資料:
「ドーピングはなぜなくならないのか」M.シャーマー
日経サイエンス 2008年8月号